何も要求しない

産まれて、二ヶ月足らずで既に母親の顔色を伺っていたらしい私。
何も要求しない子。だった。
右を向いていろ!
と命じられれば、その命令が解除されるまで右を向いていた。
周囲から、お前は一日中でも右を向いて居ると嘲られた。
母にとっては手のかからない、扱い易い良い子。都合の良い子。だった。

我儘を言って泣いた覚えはない。
あれが欲しい、これでなきゃ嫌だと
駄々をこねた事もない。

服や靴を買う時も私は無言。
母が、これで良い?
と示したら、何も言わず、ただ
頷いていた。

周囲にはさぞかし愚鈍な子に見えただろう。私自身、そう思っていた。

服や靴など、そんな物はどうでも良かった。これが良い。あれが良い。
など、無かった。

ただ、私にあったのは、恥ずかしさだけ。

左の二の腕に大きなアザがあった。
十円玉程の大きさ。黒く盛り上がり
硬い毛がビッシリ生えていた。
方言で “ホヤケ”

半袖になる夏場は特に、
それを晒して外を歩くのがひたすら恥ずかしく。右掌でしっかり覆って歩いていた。

母は、そんな私の姿に気付いてさえ
居なかっただろう。

テレビのニュースで、事故や災害で身元不明者が出た。身元を確認している。などと流れると、母は私の顔を見て、半笑いしながら必ず言った
「アンタは良かね、そのホヤケで
すぐ判る!」

それが私には嘲笑にしか聞こえなかった。

言われた私は、暗く悲しい顔をしていた筈。

あの人は気付かなかった。