夏休みがつらい 家庭に居場所がない子どもたち

ヤフーニュースのタイトル。
見ただけで記事内容の察しがつく。
鼻の奥が熱くなって、涙が湧いてくる。

夏休み明けに自殺が増える。
学校で虐められる。学校に居場所がない。
その辛さ、理解る。
私には家庭に居場所が無かった。
学校がある日はまだ良かった。
学校が休みになるのが本当に辛かった。特に夏休みの40日は長過ぎて。

私は母方の祖母の家へ逃げた。
祖母は温かく迎えてくれた。
けれど其処には母の妹がいた。
母は長子。祖母の末子は、私より4歳年上。叔母にとって、私の母こそが自分の “母親” であったらしい。だから、私は叔母には歓迎されては居なかった。
それでも、祖母の家の方が自分の家より居心地が良かった。祖母は何も言わず、休みに入ると現れる私を迎え入れ、何も聞かず、休み明けの直前に帰る私を送り出してくれた。
その間、終始笑顔で受け入れてくれていた。祖母とあの古びた茅葺屋根の農家が、唯一、心の休まる場だった。私を心よく思わない叔母には無視されていた。と言うより、意地悪もされたのかも知れない。
私はその頃は何も感じていなかった。何の邪気もなく叔母を無視していた。
母は自分の6人だか7人だかの弟妹が集まる場で、私の悪口を散々に言ってたらしい。
親なのだから、悪口ではない。
自分の子を、完膚なき迄に否定、中傷、嘲笑してくれた。
どれほど、自分は心を痛め苦労させられているかを。
全て、自分目線で。私の悲しさ苦しさなど、あの人の眼中には無かった。

結果。
50 を過ぎても、目の前であからさまに 「役立たずが!!」と罵られ
無視された。

現在は、一切関わらない事にしている。
アチラはアチラで嘲笑っているだろう。それでいい。祖母を除く「中村家一族」など私の眼中にはないのだから。

父母、姉妹、父方の祖母、中村家一族を神の国へ招待などしない。
アブラハムの懐に抱かれるラザロの如く、
私は主イエスの懐に抱かれつつ、
遥か下方のお前達を見下し、声高らかに嘲笑ってやる。
お前達が私を嘲笑ってように!!


わっ!
神様ゴメンナサイ!!
なんてことを!!!

でも、これが現在の私の偽らざる想い。

いつか、あなたが消し去り、癒して下さる事を信じます…
armen


と、話が逸れに逸れた。

元に戻そう。
夏休みだけでなく、長く休みが続く時は、祖母の家へ逃げた。
帰ると、姉と妹の仲はより親密になっている。中に入れぬ寂しさを抱えていると、休みになる。逃げる。その間に更に濃密に。。。
その繰り返しで、私の家庭での居場所は無くなるばかり。

それでも、私には祖母が居てくれて良かった。
バスを乗り継いで、小学生の私にも行ける場所に居てくれて良かった。
私にも逃げ場はあった。

けれど、今時の子は。
核家族化してしまい、祖父母の家からは遠くに住み、更には実家との交流も薄くなっているであろう、今時の子は。。

どうしているのだろうか?

子供時代の40日と大人になってからの40日では、長さの感覚が全く違う。
一日は一ヶ月の如く。
長かった。

さっきまで、子供時代の自分の辛さにドップリ浸かっていて。
だから、この書き込み始めたけれど。
今、逃げ場のない、正に今、虐待を受けている子の、辛さ悲しさに、
また、泣きたくなっている。

そして、
“夏休み” と聞くだけで様々な悲しさ苦しさ辛さ。
フラッシュバックに胸が潰れる思いの 虐待サバイバー 同士の大人達よ!

思い切り泣こうよ。
良いんだよ。
泣いたって。
ないて、うらんで、さけんで、
心を晴らそう!

でないと、前へ進めない……